発話言語学宣言

 「発話言語学」(linguistique énonciative) は固有名詞ではない。つまり、特定の理論をさししめすことばではない。しかし、フランス語を併記したことからわかるように、フランス語圏において1980年代からとくにさかんになった、「発話行為」(énonciation) をキーワードとする言語学のさまざまな流れを総称するものである。
 しかし、日本における言語学は、英語圏の研究を重視しすぎるあまり、「生成派か認知派か」などという奇妙な二項対立が前提とされ、発話行為をめぐる研究の重要性があまり認識されない状況がつづいてきた。フランス語圏でなされてきた研究は、そのどちらでもない研究としかとらえられないものが多い。
 一方、最近たいへん盛行している「構文 (化)」(construction(nalisation)) の概念をもちいた言語学に対しても、一定の重要性をみとめることにやぶさかではないが、言語形式があたかもひとりでに連鎖を形成するかのような立論がみられ、観察対象である連辞が主体のどのような操作の痕跡をなしているのかという視点が欠けているように思える場合が少なくない。
 このような状況のなか、われわれは発話言語学の意義を宣揚するとともに、発話行為にかかわる研究や研究交流を促進したいと考えている。発話行為をめぐる論文を入手しやすいウェブ版のかたちで公刊することにより、このような研究がひろく知られるように、そして相互の議論もいっそう容易に進められるようにしたい。ひいては言語学における発話行為の重要性がひろく認識されることがわれわれの理想である。

2022年4月3日
渡邊淳也

研究の分野と傾向

 発話行為なくしては言語はありえないので、言語学において発話行為と関係のない分野をさがすほうがむずかしい。しかし、いくつかのキーワードをもちいて、われわれの志向している研究の分野と傾向を示すとするなら、つぎのようになるであろう。

 意味論と語用論の統合的探究

 意味論はある形式になんらかの機能を想定する一方、語用論はその形式がどのように発話場面に応ずるかを考察する。それらは不変性と変異(の相互依存)の問題として統合的にとらえることができる。

 発話(諸)主体の言語学

 発話者の重層性、ポリフォニー (polyphonie) を念頭においた研究を推進する。さらに、発話者のみならず対話者や第三者も、発話文の構築に関与しうる主体として考慮に入れる。

 言語学における French Theory の宣揚

 哲学・思想の分野で、いわゆる French Theory がひろく知られ、重視されていることは周知のとおりである。言語学においても存在するフランス語圏独特の理論をひろく紹介したい。

 対照言語学への寄与

 対照言語学は言語間の差異を前提とする。各言語の相違をつまびらかに記述することから出発し、差異のプリズムを通してこそ真の類型論的考察が確立される。

 話しことば、地域言語、非規範的変種の重視

 話しことば、地域言語、非規範的変種においては、規範が確立して標準化された言語にくらべて、発話行為の痕跡を濃厚に、いきいきと観察することができる。

 社会言語学との接続

 話しことば、地域言語、非規範的変種を研究することは、必然的に社会言語学との接続を志向することになる。社会言語学的な側面をもつ論考も歓迎する。

 ただし、以上のような考えかたを俎上にのせ、(メタ) 方法論的に議論する場合は、明確にことなる流派の研究者からの批判的な論考も歓迎したい。

『発話言語学研究』編集委員会(敬称略)

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